日本の寺院には、さまざまな仏が安置されています。
仏の1つが羅漢です。
仏(仏像)は大きく分けて次の種類があります。
仏とは、仏教の最高の存在であり悟りを開いた者です。
如来仏は仏の起源で、仏教の開祖、釈迦をモデルにしたものです。
初めは、釈迦如来像だけでしたが、大乗仏教の時代になると、阿弥陀如来や
薬師如来、大日如来などさまざまな如来像が造られるようになりました。
我々は一般に、如来や菩薩、明王などすべての像をひっくるめて「仏(仏像)」と 呼んでいますが、厳密には、仏(如来)の像、如来像だけが仏教ということに なります。
如来像は、地位、財産、家族など一切のものを捨てて出家した後の釈迦の
姿をモデルにしています。
そのため、一枚の衣だけをまとい、装身具などはまったく身に着けていません。
菩薩像は出家前の姿、王子時代の釈迦をモデルにしているため宝冠(ほうかん)を かぶり、ネックレスやイヤリングなどさまざまな装身具を身につけています。
もともと、菩薩というのは、釈迦が悟りを開く前の修行時代の呼び名です。
しかし、紀元前後に大乗仏教(だいじょうぶっきょう)が興ってからは、 観音(かんのん)菩薩や文殊(もんじゅ)菩薩、普賢(ふげん)菩薩など、さまざまな 菩薩が考え出されその像が造られるようになりました。
大乗仏教では、すべての人が釈迦と同じ悟りの境地に至る可能性を持っている と考えます。
そして、十一面観音や千手(せんじゅ)観音が登場します。
つまり初めて仏像に、多面多臂像(ためんたひぞう:複数の顔と手を持った像)
が現れました。
これらの多面多臂像は、ヒンドゥー教の神々の影響を受けたものです。
大乗仏教がさらに発展したものが、七世紀頃に成立した密教です。
この密教で考え出されたものが、不動明王をはじめとする明王です。
明王は密教の教主(きょうしゅ)(教えを説いた人)です。
大日如来(だいにちにょらい)の化身(けしん)といわれ、如来や菩薩の ように慈悲に満ちた温和な顔で教え諭してもなかなか言うことを聞かない 人々を、強引に教え導くといわれています。
明王が恐ろしい忿怒(ふんぬ)の相をしているのは、そのためです。
明王はインドで古くから信仰されていた神々が仏教に取り入れられたものと 言われています。
天は神々のことで、仏像の分類では天部(てんぶ)とも言われています。
四天王(してんのう)、帝釈天(たいしゃくてん)などの「天」です。
天はもともとインドで古くから信仰されていた神々で日本の八百万(やおろず)の神 にあたります。
梵天(ぼんてん)や帝釈天(たいしゃくてん)のように初めから善神だったものもいます。
しかし、阿修羅(あしゅら)のように、初めは仏教に敵対した悪神もいます。
その神々が釈迦の教えを聞いてみな仏教に帰依し、その守護神となりました。
仏像の中では、天部がもっとも種類が多く、姿もバリエーションに富んでいます。
天の中で四天王があります。
四天王とは、仏教の教えと、それを信じる人を守る四人の守護神です。
東西南北の各方角を守るといわれています。
持国天(じこくてん)(東)、広目(こうもく)天(西)、増長(ぞうちょう)天(南)、
多聞(たもん)天(北)の四人の王です。
このうち北を守る多聞天がリーダーです。
また多聞天は、単独で祭られたときは毘沙門天(びしゃもんてん)と呼ばれます。
毘沙門天は、上杉謙信も信仰していました。
他の三天は四天王として集団で祭られ単独でまつられることはありあせん。
釈迦の直弟子の姿を表わした十大弟子(じゅうだいでし)です。釈迦の高弟です。
羅漢像なども仏の一種です。
十大弟子とは釈迦の十人の高弟で釈迦亡き後は、これらの弟子が仏教教団を指導しました。
羅漢は正しくは阿羅漢(あらかん:悟りを開いた者)といい、十大弟子をモデルにしています。
理想的な修行僧の姿を表わしたもので禅宗寺院にまつられることが多いです。
日本の仏教の世界では、羅漢は自分の修行を極める存在から、地蔵菩薩的な存在へと変わって
いきました。
羅漢は庶民信仰の中心になっていきました。
最澄(さいちょう)や空海、日蓮などの肖像を高僧像と呼び、これも仏の一種です。
他の仏像が人間ばなれした容姿を持つのに対し、高僧像は歴史上の人物をモデルにしているため 親しみやすいものが多くあります。
最もよく知られているのが達磨(だるま)大師像です。
また、唐招提寺の鑑真和上像や一休禅師(いっきゅうぜんじ)像などもあります。